2020年11月24日のNHK「おはよう日本」で、ムスリムの霊園建設計画が住民の反対で頓挫しそうだというニュースを目にしました。日本国内には現在20万人超のムスリムが暮らしているということです。技能実習生の受け入れ拡大などに伴い、インドネシア、パキスタン、バングラデシュなどから日本にやってきて滞留するムスリムの数は増加傾向にあります。実習期間を終えてもそのまま日本に残り、日本国籍を取得して日本で最後を迎えるムスリムも増えていくことが予想されます。亡くなった後に埋葬されるのはムスリムも同じです。これから増えていくムスリムの葬儀や墓を正しく理解することも、わたしたちには必要だと思います。そこで今回はムスリムの墓について調べてみたいと思います。
イスラム教は土葬
イスラム教はキリスト教同様に死者の復活を信じているために、生前の肉体を失うことは禁忌とされています。そのために死者の遺体は土葬に付されます。キリスト教はカトリック教会(ローマ法王庁)が2016年に火葬を認めたように、墓地不足という現実的な問題を解決するため近年は日本だけでなくアメリカはじめ諸外国でも火葬が増えてきていますし、墓地も納骨堂を認めている教派が多くあります。しかしイスラム教はコーランに「現世を罪深く過ごした人間は地獄の炎で焼かれる」とあるために、遺体を焼く火葬は地獄のイメージと重なるために絶対的なNGなのです。おそらく墓地が不足しているからと、火葬を認めることは未来永劫にわたりないような気がします。
現代の日本人は土葬に抵抗がある
墓地、埋葬等に関する法律では土葬を禁じていませんが、火葬が99%という日本では土葬は法律で禁止されていると誤解している人がかなりいると思います。実際には法律ではなく、衛生上の観点から条例で禁止している市町村が存在する、が正しいのです。東京23区をはじめ都市部の市町村では土葬を禁止している自治体が多いですが、地方には条例で禁止していない自治体も多く存在します。つまり条例による規制がなければ土葬は可能ですが、今度は墓地、霊園が土葬を受け入れてくれる必要があります。99%という数字が物語るように火葬が当たり前となっている日本では、土葬可能な墓地、霊園はほとんどないのが現状です。土葬を受け入れてくれる墓地、霊園がないとしたらムスリムは遺体を埋葬するため自分たちの墓地を新たに設けなければいけません。新たに墓地をつくるには都道府県知事の許可が必要です。墓地の新設に求められる要件は高くありません。都市計画法や土地区画整理法などの法律の規制に違反しなければ問題ないはずですが、地元の住民による反対が最大の難関となるのです。今回の「おはよう日本」の件は、大分県日出町の山間に約8,000平方メートルのムスリム専用の墓地を開設する計画に対して周辺地区の住民が「墓地からの排水が農業用水や飲料水に流入する不安がある」として町と町議会に建設反対の陳情書を提出したというものでした。現時点で町の判断は出ていませんが、住民の陳情が受理されるような気がします。埋葬されるのは人間の遺体です。腐敗し分解されたとしても毒など害となる物質、水質の面から問題となる物質を流出することはないのですが、これは理論ではなく肌感覚なのでしょう。土葬墓地の近くでとれた農産物という風評がプラスに働くことはないと思います。10年前にも栃木県足利市でムスリム墓地建設計画が住民の反対で頓挫しています。このときの住民の反対理由には土葬に対する拒否反応、忌避が見られました。昔に日本では一般的だった土葬ですが、火葬99%の現代日本では認めることができない埋葬方法になっているようです。
日本に7カ所あるムスリム霊園
現在日本には、ムスリムを埋葬(土葬)できる墓地が7カ所存在します。
北から、
・よいち霊園(北海道余市市)
・谷和原御廟(茨城県常総市)
・多磨霊園(東京都府中市)
・文殊院イスラーム霊園(山梨県甲州市)
・清水霊園イスラーム墓地(静岡県清水市)
・大阪イスラミックセンター墓地(和歌山県橋本市)
・神戸市立外国人墓地(兵庫県神戸市)
この中で甲州市の文殊院イスラーム霊園がメディアに取り上げられる回数も多く日本初のムスリム霊園とも称されていて有名です。ただし霊園の規模としては清水霊園イスラーム墓地のほうが大きく、受け入れる余裕もかなりあるようです。
「おはよう日本」もそうでしたが、メディアの多くは、ムスリムを埋葬する墓地が全くない、と思わせる論調でした。しかし清水霊園イスラーム墓地をはじめ、現時点では受け入れ可能な墓地は存在していることが分かります。ただし兵庫県より西には1つもありません。広島や岡山、四国、九州に住んでいるムスリムの皆さんが静岡まで墓参りに行かなければならないのは間違いなく不便でしょう。これから、ムスリム人口が増えることを考えた場合に、1都道府県に最低1つはムスリム専用墓地、霊園があっても良いと思います。確かに土葬に対する抵抗感は強いと思います。しかし異文化を認めて受け入れることは、少子高齢化が進む日本では必須ではないだろうかと筆者は考えています。地元住民の理解をどう得るのか、これは当事者であるムスリムだけでなく、行政(市町村)の腕のみせどころではないでしょうか。