今日ご紹介する書籍は、国士舘大学文学部史学地理学科の講師を勤める夏目琢史(なつめ・たくみ)さんの著作です。江戸時代を生きた、武家や公家といったまぁ大きなくくりで体制側に人間ではなく、市制の人々が残した遺書を紐解いて、江戸時代の社会や人々の暮らしを明らかにしていく、という歴史書ですね。タイトルが「江戸の終活」ですし、帯には『エンディングノートが面白い』とも書かれているので、江戸時代の庶民がどんな終活をしていたのか、と興味を覚えたんですが終活を学ぶというよりも、社会学の本です。そもそも著者によると、本著書のきっかけは国士舘大学文学部史学地理学科の2年生を対象とした「近世史料を読む」という講義が下敷きとなったようです。史料として全国の自体体史の資料編を読んでいくという講義だったのかな。そして講義の中で学生のアイディアなどもあって、遺書をもとに江戸時代の庶民生活を紐解いていくという構想に広がり、本著作にいきついたようです。
全部で12のエピソードによって構成されていますが、1人ひとりの遺言を基に、なぜこの遺言を書いたのかを、当時の社会情勢(歴史として明確となっている)などをもとに類推していく、というものです。読んでいても面白いですが、これは、調査して仮説を組み立てていくときが一番面白いんだろうな、と感じました。読みながら著者が、仮説を見出した時の喜びが手にとるように分かる、そんな本です。教科書などには決して載ることがない時代の真実を見つめることができます。歴史好きというよりも、社会学や地理学がお好きな方向きかもしれません。
書籍名称:江戸の終活 遺言からみる庶民の日本史(光文社新書)
発行者:光文社
価格:946円(税込)
販売店:全国の書店、インターネットストア
書籍の概要
第一話の鈴木仁兵衛は、村役という栄誉ある職にありました。でも考えてみると村役って現代の中間管理職みたいなものですね。下からを突き上げられ、上から押さえつけられる。村役を勤めている間に、数多くの事件とそしてそれらに起因する不満が溜まりに溜まった仁兵衛は「くれぐれも名主役相勤め申すまじ」と遺言を残します。また、第十二話で魚問屋の七代目片桐三九郎の遺書には、父である六代目三九郎の遺書にある言葉が引用されていました。父を尊敬していた、のはもちろんですが、父の遺書と読み比べることで、七代目三九郎が父を乗り越えた人物になっていたことを読み取ることができます。遺書とそれを取り巻くさまざまな史料をもとに、なぜ彼らはこの内容の遺書を書いたのか、その理由に迫る労作です。
著作の内容とは別ですが、序文にある一文『自分自身にとっての教訓、生きるための知恵というものは、本当にネットやAIから教えてもらうことができるものなのでしょうか。』に大きな、感銘と同意を覚えています。最近のニュースでは、ネットのフェイク情報を信じて、自分の子どもに法定予防接種を行わない親が増えてきていることが問題となっていましたね。ネットも結構ですが、やはり硬派の書籍も読まれることを、お勧めしたいです。
目次
第一話 百姓・鈴木仁兵衛
第二話 廻船問屋・相木芳仲
第三話 浪人・村上道慶
第四話 商人・武井次郎三郎
第五話 百姓・鯉淵加兵衛
第六話 豪商・戸谷半兵衛
第七話 河岸問屋・後藤善右衛門
第八話 百姓・安藤孫左衛門
第九話 廻船問屋・間瀬屋佐右衛門
第十話 農政家・田村吉茂
第十一話 古着屋・増渕伊兵衛
第十二話 魚問屋・片桐三九郎
夏目琢史氏のプロフィール
1985年生まれ。国士舘大学文学部史学地理学科講師。公益財団法人徳川記念財団特別研究員。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。一橋大学附属図書館助教を経て現職(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)