近年日本でも増えているエンバーミングは、腐敗などから遺体を護ると同時に、遺体の損傷やダメージを修復し生前と変わらない故人の姿にする科学的な技術です。その技術は正しい手法が求められます。正しい技術を用いないとエンバーミングに失敗する危険性がありますので、エンバーマーの有資格者以外に施術を委ねることは避けるのが賢明です(法的にもアウトになる危険性もあります)。正しい技術で施術をしなかった場合、またそもそもエンバーミングを施さない場合にはどんなリスクが存在するのか、考えてみましょう。
フィリピン人ダンサーの事例
1991年12月4日の第122回国会でも取り上げられた事例です。同年の9月14日に福島県東白川郡塙町のナイトクラブで働いていたフィリピン人女性ダンサーが死亡しました。女性の遺体は故国フィリピンに搬送されたのですが、搬送後のフィリピン国内では、連日のようにマスコミが死因を「暴行による虐待死」として報道し、人権擁護団体等が在比日本大使館に抗議のデモを行うなどフィリピン中を揺るがす「大事件」となったのです。なお、女性の死因は劇症肝炎による多臓器不全であり、暴行の事実は全くなく、解剖結果などからフィリピン政府も病死であることを納得し、フィリピン国内の騒動も無事におさまりました。この騒動が実はエンバーミングに原因があったとされているのです。つまり、正しい技術によるエンバーミングが施されなかった遺体は腐敗が進み、まるで暴行にあったかのように損傷がある遺体となってしまっていたようです。エンバーミングが国家間の紛争の種になったかもしれないという事例です。これは海外搬送という特殊条件であることも含めて稀有な事例ですが、遺体に対する防腐処理の重要性はご理解いただけると思います。
エンバーミングを施さない場合の遺体
遺体は死後少しずつ損壊するものです。では、エンバーミングを施さない遺体にはどのようなリスクが存在するのでしょうか。
遺体は死んだことで筋肉が緩むため、口をあけてしまうことがよくあります。ぽかんと口があいた姿は故人の尊厳を傷つけているとも言えるかもしれません。
顔色が変化し、顔がむくむこともよく見られます。病死の場合は、その病によって変色やむくみ方は千差万別です。
ドライアイスで冷やしていても、臭気を発するようになります。とくに盛夏の場合、火葬までの期間が空く場合は、その臭気は耐え難いものになることもあります。
高度医療は遺体の損壊を早め酷くする
近年は延命治療のために高度医療が施されることが増えています。抗がん剤もその1つですが、抗がん剤のような強力な薬を投与された遺体は、死後の損壊が早く、そして酷くなるようです。これは考えて見れば頷ける話です。生かすために人工的な力を肉体に対して加えているのですから、死んだ後はその反動が大きくなるということなのでしょう。
最近は遺体の尊厳、人格という言葉を見聞きするようになりました。法的には認められていない尊厳と人格ではありますが、故人の名誉、尊厳、人格を護ることも遺族の努めの1つと考える時代なのかもしれません。